・第234回月例会 −歴史・文化に親しむ会−
テーマ: 日本語はこうして出来た 第3回講座
日 時: 2026年 2月25日(水曜日) 15:30〜17:00
場 所: 大阪公立大学 文化交流センター
大阪市北区梅田1-2-2-600 大阪駅前第2ビル6階
講 師: 光田 和伸(みつた かずのぶ)様
(元 国際日本文化研究センター准教授、国文学者)
第一回の講演では、インド東部のベンガル湾沿いのオリッサ州の山中のドラヴィダ語族の民が使うクイ語とクヴィ語が日本語の元だと話されました。第二回の講演では、『ドラヴィダ語は、現在のインド西部からパキスタン東部を中心に栄えたインダス文明をになったドラヴィダ人の言葉である事。そして、ドラヴィダ人は、インダス文明の終わりに、インド西部のヤムナー河中流域で大規模水田稲作を始め、宝飾「カーネリアンビーズ」の物づくりと交易に力を注いだ事。その後、アーリア人に追われ、稲作と宝飾の物づくりの新天地を求めて東へ向かい、ベンガル湾沿い(現在のオリッサ州)に移住。更に宝飾の制作に適する土地を求めヒマラヤ山脈の東端に、そして長江へと広がった』と話されました。今回の講演では、『雲南省南部の晋寧県(ヒマラヤ山脈東端)で、真っ赤なビーズが出土しており、ドラヴィダ人によりインダス文明の技術が伝わった証拠である事。長江中流には、イネ、フネ、イレズミに関わる日本の言葉が残っている事。紀元前1世紀頃に、朝鮮半島南部の王朝「晋国」が、倭国王の中国王朝の窓口として外交を支えた事、そしてこの地には朝鮮半島最大の稲作遺跡・松菊里遺跡があり、稲作等の文化が日本に伝わった事。隠岐の宇受賀命神社(出雲大社と同格の名神神社)の神主はオリッサ州プリーの子孫だとの言い伝えがある事。』等、日本語の元が伝わった痕跡についてお話を頂きました。
・第233回月例会 −歴史・文化に親しむ会−
テーマ: 音楽史の中のモーツァルト 〜 バロックから古典派へ 〜
日 時: 2026年 1月28日(水曜日) 15:30〜17:00
場 所: 大阪公立大学 文化交流センター
大阪市北区梅田1-2-2-600 大阪駅前第2ビル6階
講 師: 春名 修介(はるな しゅうすけ)様
(元 大阪大学大学院情報科学研究科 招聘教授、正会員)
2026年は、モーツァルト生誕 270年にあたります。モーツァルトは、中世→ルネサンス→バロック→古典派→ロマン派にいたる音楽史の中の古典派に位置付けられます。モーツァルトはバロック期に発展した様々な作曲技法を集大成しクラシック音楽の基礎を作りました。バロック音楽から古典派音楽への移り変わりとモーツァルトの音楽とその特徴についてお話をしていただきました。バロック音楽は、対位法(基本音型を変形しながら繰り返し重ねる)による旋律と、通奏低音による下支え(ジャズのベース)が特徴で、ヘンデルの「救世主メサイヤ」、バッハの「ブランデンブルグ協奏曲第5番を視聴した。バロック後期には、一曲全体を2部形式、3部形式の構成にしたり、バッハの子供達等が、主旋律を明確にして、通奏低音を無くし、強弱変化を滑らかにしたギャラント様式(古典派ハイドンのソナタ形式原形)を生み出した。モーツァルトは、ハイドンが確立した交響曲・弦楽四重奏・ソナタ形式を引き継ぎ、滑らかな旋律と融合・昇華した独自の対位法を確立したそうで、交響曲第25番ト短調第1楽章を視聴した。そのまま歌える旋律を生み出したモーツファルトは有名な歌曲もある。歌曲フィガロの結婚K・492も視聴。ウインナ・ワルツに繋がるドイツ舞曲を作ったとのお話し等、楽しい月例会でした。